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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)10598号 判決 1989年2月23日

原告

坂本千賀子

右訴訟代理人弁護士

鵜飼良昭

岡部玲子

野村和造

被告

日本生命保険相互会社

右代表者代表取締役

川瀬源太郎

右訴訟代理人弁護士

三宅一夫

坂本秀文

山下孝之

長谷川宅司

千森秀郎

右坂本秀文訴訟復代理人弁護士

織田貴昭

主文

一  被告は、原告に対し、二三〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文一、二項同旨の判決並びに仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  亡坂本博明は(以下「坂本」という。)、被告との間で左記の内容の保険契約(以下「本件保険契約(一)、(二)」という)を締結した。

(一) 契約年月日  昭和五一年一一月一日

保険期間  昭和五一年一一月一日から同八一年一〇月三一日

保険料  当初五八三五円、その後六二八〇円

保険金  生命保険金 五〇〇万円  家族保障選択権付傷害特約に基づく災害死亡保険金 五〇〇万円

被保険者、満期保険金受取人

坂本本人

死亡保険金受取人  原告

(二) 契約年月日  昭和五八年八月二四日

保険期間  終身  但し災害割増特約については昭和一〇三年八月二三日

保険料   一万九九二〇円

保険金   生命保険金 二二〇〇万円  災害死亡保険金 一八〇〇万円  内災害割増特約に基づくもの 一三〇〇万円  傷害特約に基づくもの 五〇〇万円

被保険者、満期保険金受取人

坂本本人

死亡保険金受取人  原告

2  右各傷害特約及び災害割増特約には、不慮の事故(他殺を含む)によって死亡した場合に前記災害死亡保険金が支払われる旨の定めがある。

3  坂本は、昭和六〇年五月二〇日午後一一時二〇分頃、長崎県西彼杵郡長与町嬉里郷四七二番地九のポーラ化粧品長与中央営業所前路上において、川口克也から同人所携の出刃包丁でその前胸部を突き刺され、前胸部刺創の傷害を負った結果、同日午後一一時五八分頃同郡時津町元村郷一一五五番地二医療法人光善会百合野病院にて右刺創に基づく失血により死亡した(以下「本件事故」という。)。

4  本件事故は前記2記載の不慮の事故に該当する。

5  よって、原告は被告に対し、前記傷害特約及び災害割増特約に基づく災害死亡保険金合計二三〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和六二年一一月一四から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因第1項ないし第4項はいずれも認める。

三  抗弁

1  本件保険契約(一)の家族保障選択権付傷害特約、同(二)の災害割増特約及び傷害特約には、いずれも以下のいずれか(以下「本件免責事由」という)により支払事由に該当した場合被告は災害死亡保険金の支払義務を免れる旨の定めがある。

(一) 被保険者、主契約の被保険者または保険契約者の故意または重大な過失

(二) 被保険者の犯罪行為

2  本件事故は、以下に述べるとおり被保険者である坂本の重大な過失または犯罪行為により招致されたものであるから、被告は災害死亡保険金の支払義務を免れるというべきである。

(一) 坂本は、昭和六〇年五月二〇日午後一〇時頃、長崎県西彼杵郡長与町丸田郷一〇四一番地三二所在の焼鳥店「暮六つ」に立ち寄り、たまたま同店の客として居合わせていた親戚の川口克也(以下「川口」という。)と話をしながら飲酒していたが、次第に酩酊して川口や他の客に因縁をつけるなどの行動をし始めた。

(二) 午後一一時頃には川口は坂本から「ちょっと外に出るように」と言われるに及んで、他の客に迷惑がかかることを心配して坂本の後から同店を出て、近くの南田川内公園に行った。ところが坂本はいきなり川口の顔面を殴打したので殴り合いの喧嘩になった。一旦川口は坂本を地面にねじ伏せて喧嘩をやめようとしたが坂本はさらに立ち上がり川口に殴りかかる等の行動に出たが、川口はそれ以上相手をしないで現場を立ち去った。

(三) 川口は坂本の酒癖が悪いことからまた因縁をつけられるのではないかとの不安を抱き坂本に対して一度包丁で脅せば二度と坂本から因縁を付けられたりしないであろうと考え自宅に戻り出刃包丁を取り出しズボンに差し込み隠し持って坂本を探した。

(四) ところが坂本が見あたらなかったため川口は「暮六つ」に飲食代金を支払に行く途中午後一一時一五分頃同町嬉里郷四七二番地九所在のポーラ化粧品長与中央営業所前路上を通りかかった際、さきほど殴り合いの喧嘩をした坂本と出会った。川口は先程の包丁で坂本を脅したとたん坂本はその場を逃げ出した。

(五) しかし坂本は川口が「暮六つ」に行って飲酒した後乗ってきた自転車を取りにくることを予想して自転車が置いてあった駐車場で川口を待ち受けた。そして午後一一時二〇分頃川口が戻るや長さ約1.2メートルの木の棒を手に持ち「家に遺言を言い渡してきたからおまえを殺してやる。」などと言いながら川口に近づき棒で二回ほど殴りつけた。川口は一旦は鉄柱の影に隠れて身をかわして逃げ出したが坂本は川口に追いつき右の棒で川口の頭部を目掛けて二回殴りかかり、さらに頭部を庇うため構えた川口の左手を殴りつけた。

(六) 川口は坂本の行動に立腹するとともに自分の身体を防衛するためには反撃するほかないと考えたのか先程隠し持っていた出刃包丁を取り出し坂本が棒で殴りかかってきた際にそれを左手で受け止めると同時に右包丁で坂本の前胸部を突き刺した。

(七) その結果、坂本は前胸部刺創の傷害を負い、同日午後一一時五八分頃医療法人光善会百合野病院において右刺創に基づく出血により死亡したものである。

(八) 以上の事実によれば、坂本は酩酊して何の理由もないのに川口に因縁をつけ殴りつける等の暴行を働き、さらに一旦逃げ出した川口を執拗に待ち伏せた上、棒で川口に再三殴りかかるという行動に出ており、坂本は川口に対して正に暴行・傷害行為を行っている際に、同人の急迫不正の侵害に対して防衛のために反撃に出た川口によって刺殺され、死亡したものであるから、本件事故は被保険者である坂本の重大な過失または犯罪行為により招致されたものであることは明らかである。

3  坂本は当時川口を待ち伏せしたり出刃包丁を持っている川口を執拗に攻撃し追い掛けて追い詰めた上殴りかかっているのであり酩酊状態にあったとはいえず、予見・回避能力を欠くから重過失がないとの後記原告の主張は失当である。

さらに犯罪行為が免責事由とされているのは被保険者が犯罪行為という反社会的な行為を行いながらその結果として死亡した場合に保険金の支払を受けることは公序良俗に反しまた不慮の事故の際の緊急の必要に備えるとの災害保険金制度の趣旨にも反するからであり、右犯罪行為とは広く違法な行為を指し、被保険者の自殺又は自殺と同視されるようなものに限定されるべきではない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項の事実は認める。

同第2項の事実は争う。被保険者坂本には前記免責事由に該当する行為は存在しない。

2  すなわち被保険者坂本が死亡するにいたった経緯は以下のとおりである。

(一) 本件事故当日坂本は午後六時頃から飲酒し相当程度酔った状態であった。

(二) 川口と午後一一時二〇分頃自転車の駐車場で会った際坂本は丸太棒で川口に殴りかかったが、二回とも丸太棒は鉄柱に当たって三つに折れ、その結果長さは約五六センチメートルになった。そのころ付近を通りかかった者は二人の様子をみて喧嘩をしているものと認め、川口もこれに対し助けを求めることはしなかった。坂本が折れて短くなった棒でなお殴りかかってきたので川口は坂本を殺害してもやむを得ないものと考え包丁を右手に握ってとりだし、坂本が三回目に棒で殴りかかってきたとき左手でその棒を受けとめ左に身をかわしながら右手に握った包丁を坂本の前胸部に突き刺した。川口は坂本を救助することなく坂本から取り上げて左手に握っていた棒を握ったまま自宅に戻り、坂本は自力で包丁を抜いた後スナック「むかい」までたどりつき救急車で光善会百合野病院まで搬送されたが一一時五八分ころ前胸部刺創に基づく失血により死亡したものである。

(三) 以上の事実によれば、坂本の死亡について同人が酩酊状態になり川口に対して因縁をつけ執拗にからんだことがその誘因となったことは認められるが、その直接的な原因は川口が坂本を脅かすために自宅から包丁を持ち出しさらには防御の域を越えて積極的に殺意をもって坂本の前胸部を突き刺したことに求められる。

坂本が持っていた木の棒は鉄柱にあたり三つに折れその長さは約五六センチメートルになっており、右棒は枯れ腐っていたこと、当時の坂本の酔いの程度からすれば坂本の攻撃力は川口の生命・身体を脅かす程度には到底至っていなかったこと明らかである。また同人が走り回って川口を追い掛けることは不可能であり川口が逃げようとしたかどうかも現場を乗用車で通りかかった者に喧嘩の仲裁を求める等の何等の行動を起こしていないことからも到底信じがたいものである。川口は容易に組しくことができる程度に酔っていた坂本をさらに脅し付けて屈服させるためにことさら自宅に戻り出刃包丁を持ち出しその刃先を同人の胸の前に突き出して脅しさらにその後も出刃包丁を所携し続け本件現場において殆ど攻撃力を有しない坂本に対して殺意をもってその前胸部に包丁を突き刺して同人を死亡させたものである。

また酒に酔ってからむというような事例は日常的によくみられるところであってそれが本件のような死傷事故に発展することは稀なことであることを考えると坂本においてかかる結果までを予見することは殆ど不可能といわなければならない。特に坂本は本件事故時において殆ど酩酊状態にありかかる結果を予見しそれを回避するために必要な注意能力を著しく欠く状態にあった。

「犯罪行為」とは被保険者の自殺又はそれと同視されるようなものに限られる。

(四) よって本件事故は被保険者である坂本の重大な過失によるものでもなく、犯罪行為によるものでもないから前記免責事由に該当しない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因事実並びに本件保険契約(一)、(二)に付加された傷害特約及び災害割増特約に本件免責事由により被保険者が死亡したときは災害死亡保険金を支払わない旨の定めがあることはいずれも当事者間に争いがない。

二そこで本件事故が本件免責事由に該当するか否かについて検討する。

1  <証拠>を総合すると次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

(一)  昭和六〇年五月二〇日夜、坂本(当三六才)は長崎県西彼杵郡長与町丸田郷一〇四一番地三二所在の焼鳥店「暮六つ」で飲酒していたところ、小さい頃からの知り合いであり親戚関係にあった川口(当四二才)と出会い、共に飲酒していた。午後一一時頃、酩酊した坂本が川口に対し因縁をつけ始め、同店の近くにある南田川内公園でいきなり川口の顔面を殴打した。そのため殴り合いの喧嘩となったが、川口は坂本を地面にねじ伏せ喧嘩を止めようとして立ち上がった。坂本はさらに川口に殴り掛かったが、川口はそれ以上相手をしないでその場を立ち去った。

(二)  川口は右公園から「暮六つ」に戻りかけたものの、坂本のことを考えるうちに何の理由もなく殴られたことに腹が立ちこのままにしておけば同人が再びからんでくるに違いないので今のうちに同人に包丁を突きつけて脅し、二度と自分に手出しをできないようにしておこうと考え始め、自宅に戻って刃体の長さ約16.5センチメートルの出刃包丁を取り出し、それを持って坂本を探しに前記公園に戻った。

(三)  川口は同人を探しまわったが同人の姿は見当たらなかった。しかし飲食代金の支払いに「暮六つ」に行く途中の同日午後一一時一五分頃、同町嬉里郷四七二番地九所在のポーラ化粧品長与中央営業所前路上で同人と出会ったので、同人に右包丁を突きつけて脅した。川口は、坂本が驚き逃走したため目的を遂げたものと満足して、再度包丁をズボンの腰付近に差し込み、乗ってきた自転車を右営業所に隣接する駐車場に置き、「暮六つ」に行って飲酒しかけたが、右自転車のことが気に掛かり、同日午後一一時二〇分頃、右駐車場に自転車を取りに戻った。

(四)  川口が同駐車場へ戻り自転車を動かそうとしていると、坂本が長さ約1.2メートル直径約4.5センチメートルの木の棒を手に持ち、「家に遺言を言い渡してきたから、お前を殺してやる。」などと言いながら近づき右棒を振り上げて二回程殴り掛かってきたので川口は近くにあった鉄柱の陰に隠れて身をかわした。

(五)  棒は右鉄柱に当たって三つに折れ、長さ約五六センチメートルになった。

(六)  川口は、なおも右棒で殴り付けようとした坂本から逃げかけたが追い付かれ、さらに右棒で頭部めがけて殴り掛かられそうになったので、左手で頭部をかばいながら後退したところ、前進した坂本が川口の正面一メートル位のところから右棒を上段に構えて大きく右足を前に踏み込んで川口の頭部目掛けて二回殴り掛かってきた。これが頭部をかばっていた川口の左手に命中するや、川口は立腹するとともに自己の身体を防衛するためには同人を殺害することもやむを得ないとの決意のもとでその防衛に必要な程度を越え、とっさに右手で前記包丁を取り出し脇腹のあたりに構え、さらに坂本が上段の構えから右足を大きく踏み込んで頭部に殴り掛かってきた際、右棒を左手で受け止めながら左に体をかわし、右包丁を力一杯前方に水平に突き出して坂本の前胸部を突き刺した。

(七)  右の結果同人は、同日午後一一時五八分頃失血により死亡した。

(八)  坂本は川口よりも一五センチメートル身長が高く、川口は歩行が若干不自由な程度に足に障害があり、体格的に坂本がはるかに勝っていた。

しかし本件事故当時坂本は千鳥足に近い状態で歩く程度に飲酒酩酊しており(血中アルコール検査によれば血液1ミリリットル中2.41ミリグラムのエタノールが検出されている。)、相当程度運動能力が低下していた。このことは川口も十分認識していた。木の棒も鉄柱に当たり容易に折れるようなもので強固なものではなかった。また川口の左手の負傷は三日間安静加療を要する程度の比較的軽度のものであり、坂本の攻撃力はほとんどなかった。

(九)  川口は自首し、昭和六一年七月二四日福岡高等裁判所で自己の身体を防衛するためやむを得なかったものということはできず、防衛の程度を越えたものであって、過剰防衛であると判断され、殺人・銃刀法違反の罪で懲役三年の実刑を言い渡され、同判決は確定した。

2  以上認定の事実によれば、坂本は、川口が出刃包丁を携帯していることを事前に知りながら、同人に対し、「お前を殺してやる。」などと言って丸太棒で殴りかかったのであるから、当然同人から右出刃包丁で反撃を受け、ひいて自己が死亡するに至る可能性があることを十分に予見することができたはずであり、この点において坂本に過失があったことは明らかである。そこで、進んで右過失が重大か否かについてさらに検討を加えることとする。

ところで、本件免責事由である「重大な過失」とは、商法六四一条後段にいう「重大な過失」と同趣旨のものと解すべきところ、同条後段は、保険契約の射倖契約的性質に鑑み、保険金の給付があくまでも偶然の事故によって左右されるべく、被保険者が保険契約上自己に有利に行動することによって右事故を招致せしめた場合には、保険団体の構成員相互の公平の見地から信義則上保険金請求権の成立を阻止しようとの趣旨に出たものにほかならない。そして、ここに自己に有利に行動することは、故意に保険事故を招致せしめる場合を典型としており、したがって、右過失が重大であるというためには、被保険者の不注意が著しいばかりではなく、右不注意による保険事故招致が故意によるものと同視しうるほどに悪質であるため、具体的事案のもとにおいて当該事故により保険金を支払わせることが信義則上不当とされる場合をいうと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、本件事故においては、坂本が酩酊状態となって川口に因縁をつけ、執拗にからんだことがその誘因となったことは否定できないけれども、右坂本と川口との喧嘩闘争が坂本の死亡という重大な結果を招いたのは、なによりも川口が出刃包丁(刃体の長さ約16.5センチメートル)という極めて殺傷力の高い危険な凶器を持ち出したことに直接の原因がある上に、彼我の力関係をみても、先ず、所携の武器については、坂本が前記認定のさほどに強力とはいえない丸太棒であるのに対し、川口は右にみたとおりの出刃包丁であるからこの点に格段の差があり、さらに前記認定の坂本の血中アルコール濃度や当時の同人の振舞いからすると、坂本は、喧嘩闘争はもちろんのこと通常の歩行さえままならないまでに運動能力が鈍麻した泥酔状態にあったと認められ、現に当初の南田川内公園における闘争においては、体力的に劣るはずの川口でさえ坂本を地面にねじ伏せて完全に制圧していることなど、客観的には川口が坂本に比してかなり優勢な立場にあったことが認められる。にもかかわらず川口は、前記認定のとおりの態様で坂本を刺殺したのであり、坂本の攻撃に対する反撃としては明らかに相当性を欠く違法な加害行為に及んでいるのであるから、本件事故は全体としてみるとなお川口の非の方が大きいということができる。

のみならず、<証拠>によれば、坂本には普段飲酒酩酊して人に因縁をつけたり喧嘩を事としたりする性癖はなく、かえって本件事故当日は同人としても異例の深酒をしてしまい、これが崇って泥酔状態に陥ったあげく、前記認定のとおりに川口に対し泥酔者に特有ともいうべき著しく単調かつ執拗な攻勢の姿勢を示したものと認められ、坂本の右一連の挙動をみるならば、同人は、運動能力ばかりか知覚や判断能力までをもおよそ正常とは言い難いまでに失っていたのではないかと疑われる。

そして、右に述べた諸事情によれば、なるほど坂本には前記のとおり川口から反撃を受けて自己が死亡するに至る可能性を予見しなかった過失があるものの、これは坂本が泥酔のために正常な知覚や判断能力を失っていたからであるとの疑いが強く、しかも右泥酔が坂本としては異例の深酒に起因していることに照らすと、右過失をもって著しい不注意であったと断定するには躊躇があり、かつ前記説示のとおりに、本件事故は全体としてみると川口の非の方が大きいと認められること、さらには本件保険契約の締結から本件事故まで既に二年余以上の期間が経過しており、また本件全証拠によっても坂本が本件保険契約を念頭において川口と対決した事実を認めえないことをも合わせ考慮するならば、坂本の右過失による本件事故招致が故意によるものと同視しうるほどに悪質であり、信義則上保険金請求権の成立を阻止すべき事案であるとは未だ認められない。

したがって、坂本の右過失が重大であるとは認められず、他にこの判断を左右するに足りる証拠はない。

3  次に、本件事故が被保険者である坂本の「犯罪行為」により招致されたか否かについて判断する。

先ず、「犯罪行為」が本件免責事由とされた趣旨について考えるに、本件保険契約における傷害特約及び災害割増特約は、これが人の生死についての人保険であり、かつ定額保険であることにおいて実質的に生命保険と共通の性格を合わせ持つということができ、しかも免責事由に関する限りは、支払われるべき保険金が生命保険金であるか災害死亡保険金であるかによって扱いを異にすべき理由がないのであるから、「犯罪行為」が本件免責事由されたのは、生命保険に関する商法六八〇条一項一号所定の「決闘その他の犯罪」と同趣旨に出たもの、すなわち、被保険者の犯罪死に対して保険金を支払うものとすれば、犯罪者をして後顧の憂いなく死を賭してまでの重大な犯罪行為に奔らせることになり、公益に反すると考えられたからであると解される。したがって、右趣旨に鑑みれば、「犯罪行為」とはあまねく違法行為を意味するのではなく、決闘ないしこれに類する生命を賭しての犯罪であって、しかも被保険者の犯行の動機、犯意等、また法益侵害の程度、危険等の主観的、客観的要素を総合考慮した上で、公益的見地からみて黙視すべからざる強度の不法性を有する行為をいうと解するのを相当とする。

そこで、これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、坂本は、「家に遺言を言い渡してきたから、お前を殺してやる。」と言って川口に攻撃を加え、また<証拠>によれば、その直前に立ち寄ったスナックにおいて、川口に対抗して自らも包丁を持参すべく探したり、妻である原告に架電してこれから決闘に赴く旨を述べたりしたことが認められ、これらの事実に基づいて考える限り、坂本は、その主観面においては自らの生命を賭してまで川口を殺害ないしこれに近い攻撃を加える決意を持っていたともいえるが、他方、前記認定のとおり、坂本は本件事故当時泥酔状態にあり右主観面における動きはこの泥酔状態によって惹起せしめられた虚勢による言動に過ぎないとも解せられる。その上坂本は右のとおり泥酔状態にあったため、その運動能力も鈍麻しており、所携の丸太棒もさほどに強力でないなどみるべき攻撃力は殆どなかったのであり、実際に川口に与えた傷害も安静加療二週間余を要する打撲傷であって比較的軽微な傷害におわったといわざるをえないのであるから、このような客観的観点からみれば、坂本の川口に加えた攻撃は、特に川口の坂本に対するそれと対比するとき、さしたる脅威を有しないものであったことが明らかでる。そして、右に加えて、前記説示のとおりに坂本が泥酔したことが偶発的な出来事であることや本件事故において同人が本件保険契約を締結しているがゆえに川口と対決するに至ったものではないことを総合考慮すれば、坂本の行為は、公益的見地からみて未だ保険金の支払をとどめるべきほどの不法性を有するとは認め難いというべきである。

三以上によれば、被告の抗弁はいずれも認められず、被告は本件に付き保険金支払義務を免責されないものというべきであり、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官東孝行 裁判官近下秀明 裁判官大竹優子)

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